【セミナー #04】マイクロ波化学株式会社 吉野 巌 氏の創業ストーリー 〜ものづくりベンチャーの起業から上場〜

2022

千葉大学ベンチャービジネスマネジメントの講座(VBM)では、著名な経営者・起業家・ビジネスパーソンに登壇いただき、起業やキャリア戦略等についてお話いただいています。

2022年10月26日(#04)は、独自開発したマイクロ波化学技術プラットフォームを活用し、研究開発からエンジニアリングまでソリューションを提供している、マイクロ波化学株式会社 代表取締役社長CEO吉野 巌 氏をスピーカーに迎え、セミナーを開催しました。今回は、ご自身が大学生活〜社会人生活を経てマイクロ波化学を創業するまでのストーリーと、創業されてからの苦労や学びについてお話しいただきました。

当日のセミナーの様子を、本人談を交えてお届けします。

■アメフトに打ち込む学生時代から三井物産へ

まず、話は吉野氏の学生時代から始まりました。

吉野氏は小学校中学校であちこちと転々とし、高校は慶應高校に入学されました。高校大学とずっとアメフトをやっていて、ずっと運動ばかりしていた学生生活だったそうです。そして1990年に卒業されました。

小さい頃に少し海外に住んでいたこともあり、海外で働きたいという思いから、商社の三井物産に入社されました。

“三井物産に入ってから先輩に、「どの部署がいいですかね?」と聞いて「化学系がいいんじゃないか?」と言われまして。第一希望はその当時流行っていた衛星事業だったんですが、第二希望に化学系を入れたら見事に化学系に入ったんです。化学のカの字も知らなかったですが…。”

ここが今後の起業につながる化学分野との出会いだったそうです。

そうして10年ほど働いた吉野氏は、ある決心をしました。

“化学事業の部署で10年くらい働いていまして、みなさんご存知かどうかわかりませんが、商社って一つの部署でずっと同じ仕事をするんですよね。それはエキスパートを育てようという会社の方針からだと思うのですが、だんだん飽きてきまして。「ここから20年30年同じ仕事するのはいやだな。」と感じるようになってきました。”

ここで吉野氏は退社を決心し、アメリカ西海岸のUCバークレーでMBAを取得するため、渡米されました。

■MBA取得のため渡米し、起業を決心。

UCバークレーでMBAを取得し、2002年に卒業された吉野氏は、せっかくアメリカに来たので、一回アメリカで仕事をしてみようと考え、現地で仕事探しを始めたそうです。

その当時はITバブルが弾けたばかりで景気がかなり厳しく、仕事探しは難航しますが、10ヶ月後にシアトルでエネルギー・環境関係のベンチャー企業に就職されました。

そこで働いているうちに、吉野氏は起業を目指すようになります。

“その企業で色々とお手伝いしているうちに、「自分も手伝うだけじゃなくて起業してみたいな」と思うようになってきまして、色々ネタを探しているときに、古巣の三井物産でベンチャーキャピタルをやっている知り合いからある紹介を受けたのですが、それが大阪大学でマイクロ波の研究をやっているグループでした。そこで、共同創業者の塚原と知り合いまして、2007年に会社を立ち上げました。この会社が「マイクロ波化学」です。”

起業のきっかけ

吉野氏には、この授業のために、「そもそもなんで起業しようと思ったのか」という点をより深掘りしてお話いただきました。

起業を目指したきっかけは大きく2つあったそうです。

一つは、三井物産時代

“まず三井物産に入ったときにすごくびっくりしたことがあって、商社ということでとにかく「お金を儲けろ」ってうるさいんですよね。「儲けろ儲けろ損するな」って入社した時から言われて。それと、「お金儲けって言うとすごく汚いイメージを持ちがちだけど、実はビジネスというのは純粋ですごく意味のあることなんだ。」と先輩に言われたんですよね。すごくお金を儲けるって大変なことなので、無駄なことがない。無駄なことがないから純粋なのだということで。”

もう一つはアメリカ時代

“それに加えて、アメリカで学校行っている時、同級生に「お前今までどういうことやってきたんだ?」と聞かれまして。「三井物産で10年間化学系の部署で働いていた」と言うと、「そんな大きい会社でインパクト与えるようなことできるのか?」と言われました。

アメリカにいたのが2000年だったんですけど、ちょうど99年くらいにgoogleができたネット黎明期だったので「少ない人数、小さい会社でも大きな会社と同じようなことができる」と言われ始めた時代でした。

特に自分自身化学系で働いていたので、自分の力で化学系、エネルギーの分野でインパクトを与えられるんじゃないかと思ったので立ち上げたのがこのマイクロ波化学だったんです。“

マイクロ波化学を創業。ぶつかった「3つの壁」

マイクロ波化学を起業された当時、吉野氏は化学産業の長年のある課題を感じていました。

“化学産業はとても大きな産業なのですが、1900年ごろからあまり変わっていません。例えば1900年当時、移動は馬車でしたが、この100年で自動車産業は大きく発展していて、近年では電気自動車が発明されるなど不連続なイノベーションが多く起こっています。しかし、化学産業では100年経っても同じような方法で製造していて、イノベーションがほとんど起こっていない状態です。そこで、マイクロ波を応用して、化学産業にも不連続なイノベーションを起こしていこうというのが我々のやろうとしていることです。”

吉野氏は、2007年に会社を立ち上げてから大きく分けて三つの壁に直面されたそうです。

1つ目は「大型化の壁」

マイクロ波という技術自体は昔からありましたが、大型化の実現が難しかったそうですが、この問題に吉野氏はチャレンジし、大型化に成功されました。

なぜできたか?という点について吉野氏はこう語っていました。

“大型化を2014年に成功しまして、大体10年くらい、80億くらいかけて実現したんですが、もし前職で同じようなことをしようとしていたら受け入れてもらえなかったと思います。そういう「トライアンドエラー」を繰り返せる、ベンチャーという組織だったことが、成功の鍵だったと思います。”

大型化に成功した次に事業化を目指した吉野氏は、次に「実績の壁」に直面しました。

「実績の壁」

“私たちはもともと自前でプラントを持っていなかったので、工場を立てるために大企業に協力をお願いしに行っていました。最初はイノベーションということでクライアントからの反応はすごく良いんですけど、「御社が初めてのプラントです」と言うとそこで話が無しになっちゃうんです。そこで私たちは「まずは実績を作ろう」ということで、自前でプラントを作って、新聞用インキの原料の製造を始めました。”

ここで、ものづくりにまつわるある学びがありました。

“「Whole product」という言葉がありまして、商品を世の中に出す時に完璧じゃないとメインストリームの客に使ってもらえないという話があります。IT系のサービスなら完璧じゃなくても出せるのですが、化学プラントは不完全なものを提供すると爆発しちゃうので。ものづくりの場合は最初から完璧なプロダクトを作らなければならないという点で大変さがあるなという学びがありました。そこに覚悟が要りますが、これを突破すると大きくスケールできるということも学びました。”

大型化を実現し、実績の壁も乗り越えた吉野氏は「事業化の壁」に直面しました。

「事業化の壁」

2007年の起業当時から何度も事業アイデアを試行錯誤し、最終的に5回も事業の変更を行ったそうです。

その試行錯誤にも、二つの学びがあったと吉野氏は語りました。

“ピボットといいまして、うまくいかなかったときに一つ軸を決めながら方向転換して新しい事業アイデアを試してみるという意味なんですが、これがすごく大事だなと思ったのと、その試行錯誤の中で、自分が何をしたいのかわからなくなっちゃうというのはよくあることなので、一つ北極星のような目標を設計して、時々間違った道を進んでいないか確認することが大切だということを学びました。”

スタートアップに必要な人材とは

最後に、吉野氏が考えるスタートアップに必要な人材についてお話いただきました。

会社が立ち上がって間も無く、組織もルールも何もない状態の時には「サバンナで生き残れる人」が適しているそうです。

“サバンナってどういうところかというと、とにかく強い動物が勝つわけですよね。つまり自然淘汰の中で生き残れるような人材です。実際組織の中で自然淘汰と同じようなことが起こるわけですから、とにかくルールがどうとかではなく、そういったものに縛られない人材が必要かなと思います。”

また、会社が成長していくと、新たな「ヒト」の課題が生まれるといいます。

“会社が大きくなっていくと、大企業出身の社員が増えてきます。そうすると、あまり今まで失敗をしたことがない社員が増えてくるんですよね。失敗を恐れるんです。しかし、実は失敗をしないとスタートアップって前進しないんですよ。なぜならそもそも何をやったらいいかわかっていることってスタートアップが実現しようとしていることでそんなにないので。連続的に失敗を繰り返していかないとスタートアップは前進しません。なので、そういう失敗を受け入れて、失敗から学ぶ人が必要とされるかなと思います。”

質疑応答

セミナーの最後には質疑応答の時間が取られ、学生からはたくさんの質問が飛び交いました。その中からいくつかの質疑応答をご紹介いたします。

  • 大学発ベンチャーとして、大学との関係において初期段階で大変だったことは?

“自分達は割と苦労しなかったのですが、うまくいっていない会社は大学とスタートアップの境目がはっきりしていないなと思います。大学にとって重要なことと企業にとって重要なことは全く違いますから、具体的には大学の先生が経営に関わるとか、大学の先生が株式のマジョリティを取るとか、こういうのがあるとうまくいかないんじゃないかなと思います。“

  • 研究者と共同創業されていますが、それぞれの役割分担はどのように行なっていますか?

“会社のフェーズによってやることというのは違いますが、自分が起業する時の仮説として、インフラなど大きな分野に関わってくる事業というのは、仕組みが大切だと考えていまして、この仕組みづくりで貢献できると考えていました。実際、この仕組みの構築というのはとても大切でした。

社長としてやることは多種多様で、資金調達や組織構築、ビジョンを示すなど色々ありますが、社長というのは誰もやらないことをやる。サッカーでいうスイーパーのような役割もあるんじゃないかなと考えています。“

  • MBAで起業に役立ったことは?

“高校大学とずっとスポーツばかりであまり勉強してこなかったので、会計やファイナンスといったハードスキルはすごく役に立ちました。あとは、アメリカでのMBAということで本当に色々な国の人たちがいるんです。そんな中ではっきりと物事を言うというコミュニケーションの取り方はすごく勉強になりましたね。あとはMBAっていうのはリーダー養成学校なので、今まではあまり意識したことがなかった、「リーダーシップとは何か」、「リーダーとは何か」ということをすごく意識するようになりました。”

■登壇者プロフィール

マイクロ波化学株式会社
代表取締役社長CEO吉野 巌 氏

三井物産(株)(化学品本部)、退職後、米国にてベンチャーやコンサルティングに従事。2007年8月、マイクロ波化学㈱設立、代表取締役就任(現任)。1990年慶応義塾大学法学部法律学科卒、2002年UCバークレー経営学修士(MBA)、技術経営(MOT)日立フェロー。

■終わりに

今回は、マイクロ波化学株式会社 代表取締役社長CEO吉野 巌 氏に登壇頂いた際のセミナーの様子をお届けしました。

今後もアントレプレー教育の一環として、ベンチャービジネスマネジメントの講座(VBM)に登壇いただく予定です。著名な経営者・起業家・ビジネスパーソンから、起業やキャリア戦略等についてお話いただきます。