【レポート】テクノロジー分野でグローバル・ビジネスを構築する方法 〜ペプチドリーム共同創業の経験から~ 開催レポート

2022

ファイナンス✕成長✕テクノロジーをキーワードに、国内の技術シーズを持ったベンチャーの創業期から成長期までの支援を総合的に行うベンチャーキャピタルファンドの A Tech Ventures 株式会社(本社: 東京都新宿区 代表取締役 竹居 邦彦)は、日本のライフサイエンス領域における、イノベーションエコシステムの形成をテーマとしたセミナー「テクノロジー分野でグローバル・ビジネスを構築する方法 〜ペプチドリーム共同創業の経験から~」を開催しました。研究者、起業家、投資家、自治体、企業の担当者などが参加した本イベントでは、東京大学発の技術をベースに設立され、世界中のメガファーマと開発契約を締結、時価総額で8,000億円に到達したペプチドリーム株式会社の共同創業者である菅裕明教授をお招きし、テクノロジー分野でグローバル・ビジネスを構築する方法についてお話しいただきました。また後半では、参加者を交えた活発なディスカッションが行われました。

世の中には有効な治療薬のない疾患が3万以上存在すると言われているなか、製薬企業が医薬品を市場に提供するまでには約5年から10年の期間、そして約1000億円という大規模な投資が必要とされています。しかし、実際に製品として販売される確率は2万分の1と極めて低く、創薬の難易度は非常に高いとされてきました。通常の創薬ベンチャーでは、最初の薬が承認を受けて販売に至る10年間、ほとんど収入がなく、研究開発費だけが先行する状態が続くとされていますが、フレキシザイム技術の独自性を活かし、巧みな知財戦略でバイオベンチャー特有の死の谷を乗り越えたのが、東京大学発の技術をベースにして設立されたバイオ医薬品企業「ペプチドリーム株式会社」です。アカデミアの立場からグローバルなビジネス構築に貢献、その後2017年ミラバイオロジクス株式会社を創業し現在に至ります。世界中のメガファーマと開発契約を締結、時価総額で8,000億円に到達するなど日本発バイオベンチャーとして圧倒的な実績を持つペプチドリームの共同創業者 菅裕明教授に、テクノロジー分野でグローバル・ビジネスを構築する方法について伺いました。

真似しようとすら思わないイノベーションを目指す

─── 「ペプチドリーム」はなぜ成功できたのか

菅 これまでバイオベンチャーは、研究開発期間と経営を両立させるのが難しく、新薬を開発するまでは赤字経営がつきものと考えられてきました。しかし、技術が圧倒的にユニークで、他に比較するものがないこと。そして、あまりにも時代の先を行き過ぎず、かといって遅すぎない、ほんのすこしだけ先をいくようなタイミングを見極めることで黒字化することができました。

しかし、もちろん簡単にはそのような見極めができるわけもなく、最初は大変苦労しました。最初の契約をしたのが米国で抗体を専門としているバイオベンチャーでした。契約を通してベンチャー経営に関する様々なことを学ぶことができたのはとても大きかった。その次の契約まではさらに時間がかかりましたが、3、4社目ぐらいからだんだん噂が広がり、その後一気に色々な会社からオファーが来るようになりました。問い合わせは主にアメリカの企業で、残念ながら日本の企業からのオファーはかなり後の方でした。日本の製薬業界は非常に保守的です。日本では、他がやっているので自分たちもやるという考え方ですが、アメリカでは、他がやっていないことをやるというスタイルで、スピード感やスケールが根本的に全く違います。

─── 新しいアカデミアマーケティングとは

竹居 ペプチドリームのマーケティングは非常に特徴的ですね。菅先生の研究が論文という形でNature等の学術誌に掲載され、その論文を見た世界中の製薬メーカーのリサーチャーから問い合わせが来る。その問い合わせをペプチドリームが引き取りマーケティングを行うという一連の流れになっており、これはバイオ領域だけでなく、材料や量子コンピュータなど非常に時間のかかる領域では、このやり方が当てはまると思います。グローバル標準ではエビデンスのないものは信用されないため、このような有名な学術誌に論文を出し続けることがとても重要でした。

そしてもう一つに、創薬に並ぶ独自の創薬開発基盤のライセンス契約を行ったことも重要です。ペプチドリーム以前には、日本には創薬開発技術の契約書を作った人はいなかったため、菅先生は最初の契約を進めるなかで相手の求めるものを理解し、提供できる価値を自ら作られました。研究から開発、量産化までの長い期間を続けるためにも、マネタイズする仕組みを考える必要があったのですが、こういった方法はバイオ領域以外の時間のかかるビジネスでも参考になるのではないでしょうか。

菅 プラットフォームの契約というのは、会社ごとに交渉によって個別に作っていくものです。価格も、最初は全く信用がないため、まずは使ってもらうために安く設定していましたが、そこから徐々に知名度が上がるにつれて少しずつ価格を上げていき、大手製薬会社との契約では当初の何倍もの価格で契約ができるようになったということも成長の要因だと思います。

─── アカデミアとビジネス、利益相反をケアしながら両方を成長させる

竹居 バイオベンチャーの成長においてアカデミアとビジネスサイドのバランスが重要かつ非常に難しいのですが、ペプチドリームでは、設立当初からアメリカのシリコンバレーなどでベンチャー企業を設立する際に利用されているスウェットエクイティ方式を取り入れています。また、ビジネスサイドが行った共同開発で生じたお金はアカデミアに回さず、研究開発とは切り離していたことで、お互いの自由を守りながら大きく成長することができました。

菅 設立時に、私と当時の共同経営者の3人はそれぞれ相当な資金を入れました。一方ビジネスサイドでは社員に独自でストックオプションを発行しましたが、私を含めた共同経営者はストックオプションを持たないことにしました。IPOにより大きな利益を得ると、必ずと言ってほど研究者がお金を要求することがありますが、私はそれは良くないと思っています。お金でもめるとチームの雰囲気も悪くなり全てが前に進まなくなります。ペプチドリームではアカデミアとビジネスのお金をきっちり分けたことで、チーム同士でもめることもなく非常に上手くいきました。

アカデミアはビジネスについてよく分からない、また企業側は技術だけではビジネスは成り立たないなど、お互いの相互理解ができていないことで事業が失敗することがよくあります。私という研究者個人として、また企業として、あくまで事業が成長し上場することを目指すのが重要で、その途中で自分がなにか恩恵を受けるべきではないと思います。企業側もそれを理解したうえで研究者に対して常に敬意を払い、事業について丁寧に報告や情報開示をしながらお互いの理解を深めることが大切です。

─── インパクトのある論文を出すために必要なこととは

菅 私にとって研究とは、常に新しいチャレンジをすることです。多くの学生やポスドクが研究テーマを選ぶ時、すでに誰かが取り組んでいたり、短期間で結果が出そうなものを持ってくることがありますが、私は一切受け入れません。簡単に答えが出ないものや、菅研究室でしかできないこと以外はやらないことにしています。当然時間もかかりますし、彼らの在籍期間中に研究が終わらないことも多く、修士の学生はほとんどが論文を出すことができませんが、それでも技術が圧倒的にユニークで、他に比較するものがないことを目指してほしいと思っています。

今、菅研で行っている研究は、圧倒的にユニークで、世界で自分たちしかやっていないことなので、正直論文を出せば、ほとんどの科学系の学術誌に掲載されます。しかし、本来研究者にとって重要なのは、論文を上梓することではなく、どれだけユニークで革新的な研究を行うかではないでしょうか。ペプチドリームでは、研究とビジネスを完全に切り分けていることもありますが、たとえ大手の製薬企業やグローバルな創薬ベンチャーとの契約を扱えるようになっても、ビジネスが大きく成長することと、本来の研究とは全くべつのものです。以前は、ビジネスをやることでサイエンスの評価や価値が下がるという事が言われたこともありましたが、今の時代は完全にその考えはなくなりました。ビジネスと研究は明確に切り分けて両立させることができます。

─── バイオベンチャーにおけるチームビルディングの重要性

竹居 新しいことをやろうとした時は必ずしも肩書や経験のある人ではなく、一緒にチャレンジできるかという気持ちの部分が非常に大きいと思います。経験者はこれまでの自分の経験に囚われて新しい発想ができないこともあるので、一見遠回りに見えても未経験者のほうが上手くいく場合もあります。新しい事業では新しいチームを作るほうが結果として成長につながりますね。

菅 やはり一番重要なのは社長です。業種によって社長を選ぶ基準は様々だと思いますが、材料や創薬ベンチャーの社長は、その業界でしっかりしたビジネスの経験のある人を採用するべきだと思います。ペプチドリームでは、医療関連の事業開発に知見があり、ベンチャー企業の創業経験もある窪田規一氏、そして、たまたま菅研究室の隣の研究室にいたリード・パトリック氏の3人で共同設立しました。同じ研究室出身ですでに上下関係のある人、特に自分の部下を社長にするのはあまり奨励できません。会社社長より教授のほうが力関係では強く、営利的な開発よりも研究に比重がかかって、ビジネスとしては失敗に終わるケースをたくさん見てきました。あくまで研究者の立場でビジネスを成功させるのであれば、均衡の取れるCEOを見つけることが会社設立の必須項目でした。個人的なネットワークが大変重要なポジションなので、ビジネスの経験があり、ハードな交渉も行うことができる大人の人材が必要です。そして、できたら人格者がいいですね(笑)

「絶対にマネのできない、マネしようとすら思わないレベルのイノベーションを続けろ」(スティーブ・ジョブズ)

ペプチドリームは、不可能と言われたペプチド創薬を可能にし、新たな創薬基盤技術で製薬業界にイノベーションを起こしました。その後、次世代多機能バイオ医薬品の開発を目指す東大×阪大発創薬ベンチャー「ミラバイオロジクス株式会社」を設立。二人の共同研究から得られた“次世代多機能バイオ医薬品(ネオバイオロジクス)” をこれまでに類がないほどの短期間で作成する技術で研究開発型の製薬企業とのコラボレーションを実現し、企業の望む開発候補化合物を数ヶ月で提供できるようになりました。

桁外れに革新的な研究を続け、周りが挑むのを諦めるような高いレベルの革新を何度も何度も繰り返す。産業や社会に大きなインパクトをもたらす菅教授の挑戦はこれからも続いていきます。

主催者コメント